12月29日 

2005, 12. 29 (Thu) 15:03

今年の締めです。

夏以降、ずーっと考えていたことがありました。
でも、どんなにあれこれ考えたところで、それはどうやら己の努力ではどうにもならないという結論にしか到達できず……なんて言うのかな、「三丁目」を観たあとの、どうあっても取り戻せない時代を再認識し、やるせなさに涙する…というのか。
そのときは、そうするしかなかった。つーか、それこそがBL小説書き・綺月陣の役割だと信じていたし、いまもその自分を否定できずにいる。その結果、現在の自分がここにいる。
その事実はきっと「デビューからやり直してみたら?」とタイムマシンで過去に戻してもらったとしても、結局は同じ判断を自身で下し、同じ話を文字に綴り、現在への道を辿るだろうとわかっているから、戻っても同じ結果。だからこそ、どうしようもなくて、よけい切ない────そんな気持ち。

いまちょうどBBSで「獣」の話が出ているので。
「獣」を書いたことは、私にとって果たしてプラスだったのだろうか…と、いまでもときおり振り返る。
これを発表したことにより、本を手にしてくれる人も一時期は増えて、いろんな人に会えたけど、同時に、罵倒されて叩かれる自分も急増した。獣を書いた私自身の「人格を疑う」というような、作品批判以外の感想にも行き当たって、ショックを受けた。
……やっぱりね、私も一応人間なので、人格を否定する感想を面と向かって…ではないけれど、ネットで公開されているのを目にすれば、「あれは私自身ではなく、一作品なのに」と人並みに落ち込んだりもする。そんなことで落ち込むような弱いヤツは商業誌で書くな、と一喝されてしまえば、それはもうそのとおりなんだけどね。
まぁ…そんなこんなで妙な方向に落ちこんでしまって、一時期、ネット批評サイト恐怖症っぽくなってしまって、読者さんのサイトを避け続けた。「書いたので見てくださいね」と優しいメールをくださった批評サイト管理人の方にも、事情を話してお断りしたこともあった。
ぬるいと批判されそうだけど、私のHPに来てくれたり、BBSで励ましてくれたり、元気をくれたり、本を買ってくれる人の声だけを信じることにしていた。それならまだなんとか自分の書くものを愛せそうで、この半年ほどの苦悩の時期も、なんとか頑張ってこられた。
だけど気持ちが脆くなっているときっていうのは、どんなに周囲が励ましてくれても、逆の方へ逆の方へ…と戻りたくなるものらしく、この年末にきて、とうとう立ち直れそうになくなった。

今日……ほんの今しがた。
原稿を書くためにパソに向かってみたものの、もう本当に文字を綴るのがつらくなってきて……誤解しないでね。いま書いている原稿は、自分では楽しんでるの。ただ、「こうして楽しく書いた作品も、また誰かを不快にするのかな」と自分で後ろ向きになってしまうことが、情けなくてしんどいの……こんな鬱な気持ちのまま今年の仕事を終えたくないと思い、なにげなく…本当にまったく意識せず、とあるサイトを訪れていた。
やおいという言葉すら知らなかった私を、初めてこの世界に引き合わせてくれた、ある意味「綺月陣」という名の物書きのはしくれの種を私の体内に植え付けてくれた人のサイトに。
サイトをお持ちだということは知ってはいたけれど、過去に一度訪れただけ。それも、忘れてしまうくらい何年も前。なのに急に思いだし、サイトに「会いに」行った。それはおそらく「いつもいつもBLってなんだろうと迷っている私みたいな人間が、BLという世界で書き続けててもいいんだろうか」という迷いが、この一年、心のどこかにずーっとあったからだと思う。だから「会いたくなった」んだと思う。突然に。「やおい」と出会うきっかけを生みだしてくれた人に。
私なんて足元どころか、はるか遠く及ばないくらい長く精力的に生き生きと、世に作品を生み続けていらっしゃるこの方の日記を拝読した。次から次へと繰り出されるのは巧みなジャブと、ときおり強烈なストレートも。相変わらずのエネルギーと膨大な活動量には、舌を巻くばかり。
思い返せば●十年前。この方のデビュー作を書店で目にした。その瞬間の書店内は、いまも映像として網膜に焼き付いている。それほど気持ちをつかまれた。
即購入し、以来大ファンになった。そのデビュー作が文庫になったときも全巻買い揃えた。そのくらい好きだった。東京に転居して数日後、寂しさを紛らわせるために書店に立ち寄った私が手にしたのも、この方が書いた「やおい」と類される文庫本だった。
それはもう、貪るように読んだ。
この方の日記を拝見しながら、そんな、昔のことをいろいろ思い出していた。まさに走馬燈のように…っていう表現がぴったりで、過去の記憶の断片が頭に浮かんでは消えていった。
いまは無き小説イマージュの担当さんに「批判されるってことは、それだけ印象が強かったと考えておきましょう」とか、当時の私には目からウロコの言葉を毎日のようにかけてもらって、「日本語は不自由だけど勢いだけはある」と励ましてもらったこととか、初めて雑誌に掲載されたときの嬉し涙とか、初めてファンレターなるものをもらったときの感動とか、デビューから一年後、「いつまで綺月に投稿生をやらせとくんだ」と編集さんにかけあってくれた先輩作家さんの心の広さとか。初めてノベルズを出してもらい、調子にのってHPを立ち上げたり。HPに訪れてくれる人たちに毎日元気をもらって、どんなにつらいときも、書き続けられる幸せを再認識させてもらったり。
来年の五月で、デビュー十年。…そうだよ、もう私、九年も書いてきたんだ。
そう思うと、発表した作品はずいぶん少ないかもしれない。ただ、文字に変えなくては伝わらない、小説でなきゃダメだと思われるなにかは、いっぱい詰め込んできたつもり。
批判はつらい。とてもつらい。この世界で気楽に楽しく遊べない頭の固い自分が、ときおり無性に煩わしい。そこまでして守らなきゃならないものなんか書いてないじゃんと笑われるかもしれないけど、私にとっては一冊一冊が書き捨てではなく、読み捨て覚悟などでもないから、こればかりはどうにもならない。
多くのBL読者さんが求めているものと自分の嗜好が微妙にずれていることも、これはもう仕方のない現実。出版社は、少数の読者さんのために大量の本は刷れない。売れる本、多くの人に支持される本と作家。それが会社にも読者さんにも必要とされる現実は、当たり前のこと。そのうえで、長く声をかけ続けてくださる出版社さんと担当さんには、本当に感謝の言葉が尽きない。
需要に応じたものを器用に書ければ問題ないんだろうけど、私は…どうやら無理っぽい。書きたいものしか、タイピングする指が動かないという不器用さが、どうにもこうにも。コメディーもシリアスも、どれもみな私の細胞分裂。だったら、「受けて立つ!」とどっしり構えていればいいのに、ときどき弱々しい迷いに気を取られる。それも今回は一年がかりの落ち込みときているし。……で、師走になってもまだ立ち直れずにいる自分が情けなくなって、また落ち込む。
そうしたら。
その方の日記の、ある一文で、スクロールする手が止まった。
思いがけない文章をみつけて、いきなりドッと涙が噴きだした。書かれていたのは、私が悶々とし続けている悩みへの解答…と、勝手に思いこみたいだけなんだけど、とにかく私が自分ではうまく説明できないこのモヤモヤとしたものに対する、その方なりの意見が書かれていた。それと同時に、私の名が、そこにあった。
大好きですよと、書いてくれていた。
驚いて、本当に驚いてしまって、おろおろして、感動して、涙がボロボロ溢れて止まらなくなった。
私の名を知っていてくれたことに。同じことに疑問を感じていらしたことに。
私はこの方に当然ながら面識はなく、お手紙を出したこともない。考えただけで恐れ多くて、出せるもんじゃない。だけど初めて手紙を書きたい衝動に駆られた。…そんな勇気ないから、自分の心の中で手紙をこっそり投函するに留めておくしかできないけど。
この方のデビュー作で読書の面白さを知り、本と共に楽しい時間を過ごせた。それと同様に、私の本を心密かに待っていてくれる人もいるんだと思った瞬間、なにかが私の腹に根付いたような気がした。
そして思った。いまのBLと自分の接点を必死で探して慌てふためいていたけど、だけど……いつかBL界で私の書くものが必要とされなくなったら、それはそれでもう、綺月陣という物書きの役目が終わったってことで、いいんじゃないかと。
同性愛小説を書くのが好きだから、ずっとずっとBLに対して、なにかあるたび迷っていた。
でも、読んでくれる人と自分自身に対して誠実であり、胸を張っていたいなら、「BLだから、こういう展開にすべき」なんて細工は、しなくてもいいんじゃないかと思えて、ふと気持ちが軽くなった。BLならではの作品しか出版しないと会社から言われれば、それは当然であり、仕方のないこと。だって、ワインを作れって言われてるのに、ビールしか作れませんとわがまま言って、無理やり「ビールを納品させてくれ」って押しつけるのは、どう考えても私がおかしい。だったら私がビール工場に移るか、「あなたのはビールだけど、ワイン工場で作ってやってもいいよ」と認めてもらえるものを作り出すか、どちらか。
願わくば、後者でありたいけど。
耳に届く声がすべてではない。批判や不具合に心を乱したり迷ったりするのではなく、いつも「自分はなにができるか」という原点に還ることを忘れずにいなければと思う。
文字を書いて、思いを綴る。まさかこんな仕事に巡り会えるなんて、十年前は思ってもいなかったはず。ありがたいと心から思う。
自分が書いたものを誰かが読んでくれる……それだけで嬉しくてたまらなかった過去の自分は、いろんな欲を知ってしまったいまの自分では二度と取り返せない感覚かもしれないけど、でも、強烈なまでに純粋に、ひたすらBLにのめり込めた楽しい時期は、決して忘れられるものではない。
自分が読みたいと心から思える作品として「獣」を書いた自分を、「本当にあれを書いて良かったのか?」と私自身が迷うのは、獣を愛してくれる読者さんに対して恥ずべき思考だと、やっと今回の迷いの根本を理解することができた。
この九年間で綺月陣という名に染みついたイメージを拭い去る努力は、必要ないのかもしれない。どんなに「イメチェンしたいです」と私が騒いでみたところで、書いたものや作品は消えないし、逆に、消えたり忘れられたりしたら……すごく悲しい。それこそ、いまこの瞬間に戻って、この時点からやり直したいと後悔するに違いない。
過去の作品を愛してくれる人たちの存在は、いくつになっても覚束ない私の足元を、四方から固めてくれる。とてつもなく心強い。
いままで積み重ねてきたものを否定せず、この名で力を発揮できる場所を大切にしつつ、来年に足を向けていきます。
それで結果が玉砕でも、悔いのないように。

今年も本当にありがとうございました。
来年も、みなさんに思い出していただける作品を書いていられれば最高です。
どうか皆様、よいお年を(*^-^*)ノ
皆様の回りに、いっぱいいっぱいいいことがありますように!!!!!


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